社内失業者がひねくれていく件

先の記事に頂いたコメントに対しいろいろと思うところや共感があったので記事にします。
まだ通りすがりさんのコメントしか噛み砕いて読めていないのですが
ほかの方のコメントも追ってゆっくり考えさせていただきたいと思います。

 

>仕事のモチベーションはあるのに、与えられない。のは、拷問以外の何物でもない。

 

このフレーズを、私は社内失業初期の頃上司に何度となく伝えました。

理解されませんでした。

「今は自分の楽な状況に甘んじて、ときがきたら本領発揮すればいいんじゃない、」

「そのうち時が来るからと。」

”その時”はいつやってきたのか、きたかきてないのさえかもわかりませんが、

とにかくもう社内失業しすぎて”時すでに遅し”となったんですね。 

そんなの会社側のしったこっちゃないでしょうし
給料もらってるわけなので自分の中で”旬”じゃなくても
仕事を言われればそれなりにやるのが雇われもんって奴なんだろうとわかりますけど

腐った魚のように成り果てた私は周りからも臭いもの扱いなわけで、

今更、腐った魚の私にできることなんて、なんもないわけで。


このブログをずっと読んでいる方にはちょっと驚きかもそれませんが
1人の上司とは公私に渡り長年の付き合いなのです。
なので、社内失業の不満についてもなんでも好きに言い合っているのですが、
ここだけはずっとわかりあうことができず、今では分かり合うことを諦め、
仕事に行くたびに、家で仕事を思い出すたびに思い出すたびに、

「自分は誰からも必要とされないばかりか理解されもされない人間だ」

とただむなしい気持ちになります。

上司が私を理解してくれないことの原因の一つには
上司・管理職としてのプライド、男としてのプライド、意地でしょうか
わかりませんが、本人に言わせればどれも違うというのでしょうけど、
私からすれば、変な意固地は全部捨てて、理解することにもっと努力してほしかったんです。
それは会社に対するいち従業員の要求ではなく(それはお門違いかも)
”長年ともに働いてきた信頼してきた相手”に対しての気持ちです。

上司として、私に仕事を与えて社内失業から救うことができないのだとしても
せめて私の苦痛を理解して欲しかった。
それだけでも心が救われるのです。それが信頼関係なのではと思った。
何度か理解してもらえるようトライして、ダメで、
そのたびに、少しずつ私の中の何かが壊れていきました。
いいわけですけどそんなわけで私は社会人とは呼べない人間に成り果てました。

そして、理解されないのに他人の目を気にするなんてアホらしいと思い、怠慢を棲家にし、

社会に対してもなんの向上心も持てないまま数年を過ごしました。

そんな人間が、私の社内失業に理解をおよそ示さない上司からおいそれと
仕事を唐突に命じられて食いつくのは、まるで頭の悪い魚のようで、
疑心暗鬼か、トラウマか、応じたくない気持ちでいっぱいになりました。
これまでさんざんもて遊ばれた相手に交際を申し込まれたような、
そんな理不尽さを感じるわけです。

社会に対しても、
社会に生きる人に対しても、
ただただ冷やかに、
水槽の外から見るようなスタイルは、
これから、もう一生変わらない気がしています。
一度濡れてしまっては使い物にならない類のものに似ています。

コメントを下さった通りすがりさんが、

今は異動して大変だけど仕事にやりがいを感じている一方で、

会社や社会そのものを冷やかに見ていることも、似たような感覚なのではないでしょうか。

私ほどは醜くないかな(笑

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

*